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家計管理

経済的合理性だけなら、直美だ——それでも保険診療にいる理由を計算してみた

2026年8月15日

経済的合理性だけなら、直美だ——それでも保険診療にいる理由を計算してみた

📌 この記事でわかること

  • ✅ 直美と保険診療が、それぞれ何歳で「医学部に行かなかった自分」を追い抜くか
  • ✅ 私立医学部だと、その答えが利回りの前提で変わってしまうこと
  • ✅ 医師免許の取得原価は、学費だけではないこと
  • ✅ 年収が4.6倍でも、手取りは3.8倍にしかならないこと
  • ✅ 経済合理性だけが目的なら、そもそも医師である必要がないという話

回収は、保険医でもできる。

ぼくはずっと、そう思っていた。研修医のころからそう思っていたし、今もその感覚のまま働いている。

ただ、数字で確かめたことは一度もなかった。

「直美」という言葉が広く使われるようになった。初期研修を終えた直後、保険診療を経ずに美容医療へ進むことを指す。ぼくが研修医だったころ、少なくともぼくの周りでこの選択が話題にのぼることはなかった。だから、検討して却下したのではない。そもそも選択肢として上がらなかった、というほうが正確だ。

でも、それは本当に合理的な判断だったのか。感覚で選んで、たまたま困っていないだけではないのか。

今回、20年近く経ってから、初めて計算してみることにした。

チワゴ

チワゴ

先生でも、計算してなかったんですか?

どくたろう

どくたろう

してない。「保険医でも回収できるだろう」で終わっていた。根拠を出せと言われたら、何も出せなかったと思う。

🧮 計算の前提を置く

比べるなら、公平な土俵がいる。ここでは18歳の時点で、3つに分岐したと考える。

  • ルートA:医学部に行かない。4年制大学を出て、22歳から働く
  • ルートB:医学部を出て初期研修を終え、そのまま美容医療へ進む(直美)
  • ルートC:医学部を出て初期研修を終え、保険診療を続ける

ルートAの年収は478万円とした。国税庁の令和6年分民間給与実態統計調査で、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与がこの額だからだ。

ルートBは年収2,200万円。医師向けの求人サイトを見ると、大手美容外科では研修医からの就職で初年度2,200万〜3,000万円という数字が並ぶ。ここでは控えめな側を取った。

ルートCはぼく自身の実数を使う。初期研修が360万円、後期研修を終えて800万円弱、卒後5年目で1,000万円超。この推移は以前の記事に書いたとおりだ。

そして、手取りから生活費を引いた残りを、すべて投資に回したと仮定する。

チワゴ

チワゴ

生活費って、人によって全然違いますよね。そこは大丈夫なんですか。

どくたろう

どくたろう

それが面白いところで、生活費はいくらに置いても結果が変わらないんだ。両方のルートが同じ額を使う前提なら、差を取ったときに消えてしまうから。

つまり「いくら使うか」は、追い抜く年齢には関係しない。効いてくるのは「いくら稼いだか」と「いくら払ったか」だけだ。

運用の想定利回りは、3%・5%・7%の3本立てにした。このブログでは長期の想定を年7%で統一してきたが、今回だけは幅を持たせる。理由は後で書く。

🏫 国公立なら、直美は30歳、保険診療は38歳

まず国公立医学部のケース。文部科学省が定める標準額は入学金28万2,000円、年間授業料53万5,800円で、6年間の合計は約350万円になる。一部の大学は授業料を64万2,960円に引き上げているが、ここでは標準額で計算する。

📊 表1|国公立医学部——「医学部に行かなかった自分」を追い抜く年齢
想定利回り直美保険診療
3%29歳35歳
5%30歳36歳
7%30歳38歳

差は、6年から8年

チワゴ

チワゴ

思ったより差が小さい気がします。年収は倍以上違うのに。

どくたろう

どくたろう

そこはぼくも意外だった。ただ、6〜8年は決して小さくない。この期間、直美を選んだ人はすでに回収を終えて、その先を積み上げている。

念のため書いておくと、この6〜8年という差は、前提を振ってもほとんど動かなかった。直美の年収を1,600万円に下げても、逆に3,000万円に上げても、あるいは40歳で年収が1,000万円まで落ちたと仮定しても、追い抜く年齢は29〜31歳のままだった。回収がすでに終わっているからだ。

💸 私立医学部だと、答えが変わる

問題は、私立医学部の場合だ。学費は大学によって大きく違い、2026年度でいえば最も安いところで1,850万円、最も高いところで4,740万円。平均的な水準は3,300万円前後とされる。

📊 表2|私立医学部——追い抜く年齢
6年間の学費直美保険診療
1,850万円(最安)31/32/33歳42/48/—
3,300万円(平均)33/35/37歳51/—/—
4,740万円(最高)36/38/42歳63/—/—

※各セルは左から利回り3%/5%/7%。「—」は65歳までに追いつかないことを示す

ここで2つのことが見える。

ひとつ目。直美は、学費の重さを吸収してしまう。最も条件の悪い組み合わせ——学費4,740万円で利回り7%——でも、42歳で回収を終える。29歳から42歳という、狭い帯の中に必ず収まる。

ふたつ目。保険診療は、吸収できない。学費が平均並みの3,300万円になり、利回りを5%に置いた瞬間、「追いつかない」に落ちる。

チワゴ

チワゴ

えっ、追いつかないんですか。医師なのに。

どくたろう

どくたろう

そう。しかもここが厄介で、運用の利回りを高く見積もるほど、私立で保険診療のルートは不利になるんだ。

これは直感に反するので、説明しておきたい。

学費は18歳から23歳という、一番早い時期に出ていくお金だ。運用の想定を強気にすると、「もし払わずに運用していたら増えていたはずの額」のほうが、後年の収入差よりも速く膨らんでいく。だから7%という前提を置くほど、早期の大きな支出が重くのしかかる。

つまりこの計算は、置き方ひとつで結論がひっくり返る。だから今回は7%で断定せず、幅で示すことにした。

⏳ 取得原価は、学費だけではない

もうひとつ、見落としやすいものがある。

医学部の6年間と、初期研修の2年間。この8年のうち、22歳から25歳までの4年間は、大学を出た同級生ならすでに働いて稼いでいた期間だ。稼げたはずの手取りは、4年分で約1,480万円になる。

📊 表3|医師免許の取得原価(学費+22〜25歳の逸失手取り)
国公立(350万円)約1,830万円
私立・最安(1,850万円)約3,330万円
私立・平均(3,300万円)約4,780万円
私立・最高(4,740万円)約6,220万円

国公立でも約1,830万円。学費が350万円だとしても、稼げたはずの1,480万円が見えないコストとして乗っている。

チワゴ

チワゴ

学費が安いから得、という話ではないんですね。

どくたろう

どくたろう

うん。時間そのものが一番高い。学費より、そっちのほうが大きいことすらある。

📉 年収が4.6倍でも、手取りは3.8倍

もうひとつ、直美の年収を語るときに落ちやすい話をしておく。

📊 表4|年収と手取り(概算)
年収手取り手取り率
478万円(平均)約370万円約77%
1,000万円約720万円約72%
2,200万円約1,400万円約64%
3,000万円約1,770万円約59%

年収2,200万円は平均の4.6倍だが、手取りは3.8倍にしかならない。3,000万円なら年収6.3倍で手取り4.8倍だ。

累進課税と社会保険料がある以上、年収の伸びがそのまま手元に残る額の伸びにはならない。年収2,000万円を超えると年末調整の対象から外れて、確定申告が必須になるという実務上の変化もある。

チワゴ

チワゴ

半分近く持っていかれるんですね……。

どくたろう

どくたろう

だから「年収いくら」で比べても実態はつかめない。手取りで見て、そこから生活費を引いた残りがいくらか。そこまで見ないと意味がないんだ。

🤔 そもそも、経済合理性が目的なら医師である必要がない

ここまで計算してきて、別の疑問が出てきた。

経済的合理性を最優先するなら、そもそも医学部に行く必要があるのか。

そこで逆算してみた。医学部に行かなかったルートAが、医師のルートを上回るには、年収がいくら必要か。答えは、保険診療に勝つなら約630万〜770万円、直美に勝つなら約1,340万〜1,670万円だった(幅は利回り7%〜3%に対応する)。

保険診療に勝つだけなら、平均給与478万円の1.3〜1.6倍でいい。

問題は直美のほうだ。国税庁の階級別データから推計すると、約1,340万〜1,670万円というのは給与所得者の上位1.2%〜2.4%にあたる。ちなみに年収1,000万円を超える人は6.2%、上位1%のラインは約1,700万円と推計される。

チワゴ

チワゴ

上位1%って、相当ですよね。

どくたろう

どくたろう

そう。でも、医学部に入るのも相当なんだ。

2025年度の医学部入学定員は9,420人。同じ年の18歳人口は110.1万人だから、医学部に入るというのは同学年の0.86%、およそ117人に1人ということになる。

一方、直美に経済的に勝つのに必要なのは、上位1.2%〜2.4%。

帯の広さでいえば、後者のほうが広い。

ついでに書いておくと、直美の年収2,200万円は給与所得者の上位0.4%程度にあたる。医学部合格が上位0.86%だから、医師免許は投じた努力に対して、ちょうど見合うあたりに着地している。それ以上でも、それ以下でもない。

チワゴ

チワゴ

じゃあ先生、医学部に行かないほうがよかったんですか?

どくたろう

どくたろう

そこは正直、わからない。ただ、あの8年と同じ勉強量を別のことに向けていたら、届いたかもしれないとは思っている。

ここは事実ではなく、ぼくの推測だ。学力の順位と収入の順位は別の分布で、医学部に入れる人が年収上位1%に入れるという保証はどこにもない。医学部合格は18歳でほぼ決まる一発勝負だが、年収上位1%は数十年の積み重ねだ。同じ「上位1%」でも中身がまるで違う。

それでも、帯の広さを並べて見たときに、そう思わずにはいられなかった。

🩺 それでも、ぼくは保険診療にいる

ここまでの計算を、正直にまとめる。

経済的合理性だけを見るなら、直美だ。国公立でも私立でも、直美のほうが早く、確実に回収を終える。そして、もっと徹底して合理性を追うなら、医師という職業を選ばないという道すらある。

ぼくが選んだのは、そのどちらでもなかった。

理由を書いておく。ぼくは国立の医学部だったから、学費を急いで回収する必要がなかった。そして、美容医療はぼくのやりたいことではなかった。この2つだけだ。もし学費の回収を急ぐ必要があったなら、選択肢としてあったかもしれない。

つまりぼくは、損得で選んだわけではない。数字の上では負けている。

チワゴ

チワゴ

後悔はしていないんですか?

どくたろう

どくたろう

していない。ただ、それは「保険診療のほうが得だった」からじゃない。得ではなかった、というのが今回の結論だから。

ぼくが欲しかったものは、たまたま保険診療の側にあった。それだけのことだ。

それが何だったのかを、ここに書こうと思って書き始めた。でも、書けなかった。書けば、それが正解のように見えてしまうからだ。ぼくが欲しかったものと、あなたが欲しいものは、たぶん違う。

計算はここまでしかできない。回収年齢も、必要年収も、上位何%かも、全部数字で出せる。

でも、その先は数字にならない。

経済的合理性だけなら、直美だ。それでも別の道を選ぶなら、その理由は、あなた自身の中にしかない。

📋 この記事のまとめ

  • ✅ 18歳を起点に計算すると、直美は29〜30歳、保険診療は35〜38歳で「医学部に行かなかった自分」を追い抜く(国公立)
  • ✅ 差は6〜8年。直美の年収を上下させても、この差はほとんど動かない
  • ✅ 私立医学部だと、直美は学費の重さを吸収できるが、保険診療は吸収できない
  • ✅ 運用の想定を強気にするほど、私立×保険診療のルートは不利になる
  • ✅ 医師免許の取得原価は、国公立でも約1,830万円。学費より逸失所得のほうが大きいこともある
  • ✅ 年収が4.6倍でも手取りは3.8倍。年収だけを見ても実態はつかめない
  • ✅ 医学部合格は同学年の0.86%。直美に経済的に勝つ年収は上位1.2〜2.4%
  • ✅ 経済的合理性だけなら直美。それでも別の道を選ぶ理由は、数字の外にある

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※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の進路や金融商品の選択を勧めるものではありません。年収・学費・税制の数値は2026年8月時点の公表資料に基づく概算です。手取り額・回収年齢・必要年収の試算は一定の前提を置いたシミュレーションであり、実際の結果を保証するものではありません。上位◯%の数値は、国税庁の給与階級別データからの推計です。